マフラー







 そろそろ吐く息が白くなるようになった。
空の色も、抜けるような力強い青から、深さのある冷たく澄んだ色へと変わってきている。

 最近めっきりサムクなったなぁ〜、などと考えながらジャンパーのポケットへ手を突っ込む。
あっちから誘っといて、ヤツはまだ来ない。
まぁまだ10分まえだけど・・・・・・・オレより遅いなんてナマイキすぎる。


バタバタと足音がする方を向くと、やっぱり利央だ。

「おーそーいー!」
「ええっ!ってまだ10分も前じゃないスか?どして早く来たの?あっそだ。はい、準さん」

差し出された手にはオレの好きな缶コーヒー。

「えへへ。角から準さん見えたから、コレ買いに行ってたんスよ!」  
 
角を曲がったところの自販機にはコレは置いてないはず・・・・・・・・・ここらでは見たことない。
どこまで行ってきたんだ?ちゃんと暖かいぞ??
 にこにこと嬉しそうな顔はオレが喜ぶと知ってるから。なんかちょっとシャクに触る。

 オマエの思い通りにオレは喜ばない!
嬉しいカオ見られたくなくて話をそらす。

「サンキュ。ってオマエまだいくら何でもマフラーとか早くねぇ?」
「寒いからいいんスよ!」

確かに面白いくらい寒がりだよな。
ふわふわの色素の薄い髪の利央には不似合いなブルー系のチェックのマフラー。
オマエには赤とかが似合うんじゃねぇ?
・・・・・・・・・なんか見覚えあるのは気のせいか??
いやドコにでもある柄だよな。

「ちょっーっっ、準さん引っ張んないでよ!これすごく大切なマフラーなんだからさ」

それ、気ニイラナイ。引っぺがす!!

「おい、穴開いて・・・・・・・・・・・・オマエこれどこで手に入れたの!」
「ああーっっ、引っ張るからっっ!これは親切な人から貰ったんスよ!」

じーっっっと利央の顔を見る。
そういえばこんなだったっけか??んー?髪はも少し長かったし、もっとひょろりとしてたような・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・思い出せないけど、こんな顔してたか?でもこのマフラーは間違いない。








 今年の1月、たしか初めて雪が降った日。

 オレは休み中にもかかわらず休みのない部に出るために、熱の下がったのを見計らって午後から部へいそいそと出かけたんだ、たしか。




 家を出るちょっと前から降り始めた雪はふわりふわりと綿ゴミみたいに後から後から降ってきて、一足ごとに地面を白くしていく。
昨日の晩からシンシンと冷えて、風邪の治りきらないオレが野球部へ出て行くのに家族はいい顔をしなかった。
それでも何よりも楽しい野球がやりたくて、熱が下がったのをいい事に無理矢理出てきた。
午前中出てこなかったのは親孝行。

 止むことなく降り続く雪はきれいで、見ていて飽きなかった。
電車を降りてからも歩きながら空を眺める。
こんなに降るのがめずらしくて、寒いと思いながらもワクワクする。


駅からの道の途中の空き地でオレはヘンな子供を見かけた。
やっぱり雪が嬉しいのか、オレの気持ちがわかるみたいにはしゃいでるヤツがいた。


 外人の子らしくて何かを叫んでるみたいなんだけど、何をいってるのかはさっぱり解らない。
英語じゃないみたいだ・・・・・・・ナニ語???
その嬉しそうな様子から、雪が嬉しくてたまらないのが伝わってくる。犬が喜んでかけまわってるカンジ。
実際1人で大騒ぎしている・・・・・・・・・・・・アタマおかしい訳じゃないよな?

それもすんげぇ薄着で、オーバーコートくらい着たほうがいいんじゃね、と思った。
ジーンズにスニーカー、上はセーターにパーカーみたいの着てるけど、それじゃ明らかに寒いダロ。
風邪引くぞ・・・・・・・・・・風邪ひきのオレに言われたくないか。


 そのはしゃぎ方が何だかおもしろ可愛くて、1人で白い野原を駆け回ってるのが印象に残った。




 風邪引きながらも部に出たオレを皆はバカだなんだと歓迎してくれる。
コレじゃ多分そのうち中止になるのに、と呆れ半分、賛嘆半分の中に、軽口をたたきながら混ざった。
寒い思いしてここまで来たのに中止とか勘弁してほしい。
 ただひとつありがたい事に練習は体育館の中で行われていた。
 こんなに降られちゃ、さすがに外は無理か。


 オレは3年が引退した昨年から、桐青のスタメン投手として試合毎に登板させてもらえるようになった。
だから練習をサボりたくないし、オレを推してくれた和さんに報いる為にも自分のピッチングを磨く必要があったんだ。

 和さんは1年のおれ相手に呆れるほど辛抱強く、投球のコツや、バッテリーとしての約束事とか、その他いろいろ面倒を見てくれている。どうやらものすごい面倒見の良い人だという事に最近気がついた。
 センパイとしても捕手としても非常に尊敬しているのだが、それ以上にニンゲン的なミリョク?を感じる人なんだよなぁ・・・
オレ等くらいの年のヤツでこんなに誠実に自分を作り上げてきた人って始めてみた。
 ゛誠実゛とかって地味な言葉だと思っていたけど、中身が伴うとすごいコトなんだって実感した。
 当たり前っぽいけど、多分誰にでもはできない。
オレも無理かも・・・・・・・・だからせめて、少しは期待されている野球くらいはがんばりたい。和さんをがっかりさせない投球をしたいんだ。
 今年は和さんと野球出来る最後の年だ。絶対に甲子園に行きたい!

 ここ最近はそんなことばかり考えて練習している。
 前に指摘された投球フォームのクセが、ちょっと油断すると出てしまう。
投球ごとに意識しないとツイね・・・・・・・・・・・こんなんじゃまだまだダメだ。

 1人でフォームのチェックをしていたら、肩をたたかれた。

「準太、今日は終わりだってよ」
「えっ、ウソっすよね?」
「いや、雪がすげーから電車止まる前に帰るって」
「せっかく来たのに〜」
「はは、オマエどうせ本調子じゃないんだから今日は十分だろ。肩冷やすなよ?」
「うす」
「おまえフォーム家でもチェックしてるだろう?あの傾くクセほぼ治ったな」
「・・・・・っス」

 和さんはさすがに目ざとい!
嬉しいのと照れくさいのでナンカうつむいてシマッタ・・・・・・・・・努力を認めてくれる人がいるのは嬉しい。
オレのアタマを和さんが軽く掻き混ぜていく。


「汗冷やさないように上がれよ」
「うす」 

 他の1年の部員と一緒にモップを出してきて掃除を始める。

 和さんは主将になってから今まで以上に多忙になった。
練習中はもとより、話す時間が減った気がするのはオレだけだろうか?
何を話すって訳ではないけれど、一緒にいる時間が楽しくて仕方ないンだよね。

「うっわー、ヤベぇよ!革靴なのにー!!」

 そう言われて開け放たれた体育館の外を見れば、もう眩しいくらい真っ白に雪が地面を埋め尽くしている。
大げさに騒ぎたてる2年に、和さんから後片付け急ぐように指示が出た。

 ほんと、雪の反射で暗くは無いけれど、音もなく降ってくる雪は止む気配がない。
今年は大雪だなんて、言ってたっけ?
うすぼんやりとした明るさだけど、明るいうちに帰れるのはちょっと嬉しかったり。
もう帰らなければならないのはちょっと残念だったり。
ウラハラだなぁ


 皆で片づけを終わらせた後はゾロゾロと歩きながら駅へと向かった。
山さんがバスの中で見た話を熱弁してる。この人ほんとおもしれェ…

「で、そのガイジンの留学生が『ワビ、サビとはナンデスカ?』って日本人の友達に聞いてる訳よ!」
「その女達なんつったの?」
「なんつったと思う?」
「ワカラネーよ!教えろー」
「『ワビもサビもわさびの仲間!』ってた!」
「ひでぇ!!!」

どっと皆が笑う。
山さんは通学のバスが隣の女子高の生徒と一緒なんでみんなの羨望の的だ。
毎回いろんなネタを仕入れてくる。

「なーあそこ、誰か倒れてねぇ?」

 慎吾さんの突然の言葉に、えっ?と皆で指差すほうを一斉に見る。
真っ白に雪で埋め尽くされた野原に誰かが倒れている・・・・・・・・・・・あのパーカー!!

 オレはイチもニもなく駆け出した!
アレから2時間はたってるハズだ!まさか凍死なんて正月そうそう縁起でもない!!!
ボスボスとスニーカーが埋まるのにも躊躇せずにかなり広い野原の真ん中まで行く。

「おいっ!」

声を掛けても動かなくて、身体から血の気が引いていく。

「おいっっ」


 大の字に倒れているかと思いきや、そいつは目を開けていた。

死んでないのにホッとする。それにしてもこんな寒さの中、2時間以上も遊んでいたのだろうか??
注意してやろうにも日本語がわからないんじゃしょうがない・・・・・・・困った。

「オマエ、死んじゃうだろ」

困ったと思いつつも心のつぶやきが勝手に口から漏れた。

「アンタダレ?」

 通りかかった時はガイコク語で何か叫んでいたから、てっきり日本語は分からないものと決め付けていたのに予想に反して日本語で質問された。
 それもすごく横柄な態度で仏頂面だったけど、確かに知らないヤツにいきなり話かけられたら、こーいう対応かもしれない。

「おまえオレが2時間前に通りかかった時にもいただろ?死んでるのかと思ったんだよ!・・・・解る?」



 最後はカタコトしかわからないんじゃないかと思って一応付け足した。
でもそれに反して答えはひどく流暢な日本語だった。この横柄な態度さえなければ完璧。

「えっ?死ヌノ??寒いと?」
「゛凍死゛ってわかる?」
「知ってるよ!・・・・・・・・でもニホンのサイタマで?」
「こんな大雪はめずらしいけどな。・・・・・・・オマエ家近いの?唇紫色してんじゃん。そろそろ帰った方がいいよ」


 思った以上に日本語が通じてヨカッタけど、寒さで言葉が上手くしゃべれないのか、カタコト風なのかよくわからない。
寝転んでるのに手を差し出してやる。

「初めて雪降ってるの見た・・・・・・・・・すげぇ、キレイ。感動シタ」

 ほぅっと溜息をつきながら雪を見つめる顔は、本当に感動しているらしいのを如実に物語っていたけれど、掴んだ手は氷もかくやの冷たさでオレを焦らせた。
 そして立ち上がらせて間近に見た顔は、長めの髪から覗く子犬みたいな目が可愛い。
目の色素なんか薄くてブドウの実みたいな色がまざった不思議な茶色だ。
 髪も濡れていたけど、やっぱり色素が薄くて柔らかそうだ。遊んでいたせいか、ぼさぼさってカンジの髪が顔を隠している。

 焦ったのはひょろひょろとオレよりも身長がわずかに高かった事。
 さすがガイジン!ハーフとかかもな・・・・・・・ちょっと日本人ぽいし・・・手ホネっぽかったな・・・ウェイトはオレよりも軽そう。
 話した印象はオレよりも2,3コ下なんじゃないか?

「オマエ家どこ?」
「あっち」

 指でさすって・・・・・・・・・・大丈夫かなぁコイツ。

「とりあえず急いで帰って温まった方がいいよ。身体冷えてるみたいだから」
「・・・・ち、ちょっ、寒いかも・・」

 指摘されて夢から醒めたみたいに両手で身体を抱きしめて震え出した。
見てられなくて、首に巻いていたマフラーをそいつの首にグルグル巻いてやった。

「1人で帰れる?」

オレの問いに、コクンとうなづく。

「じゃあ急いで帰りな」


 もう一度コクンとうなづいて、オレをじっと見つめる。それから、ありがと、と言って背を向けて歩き出した。
それを確認してから、雪合戦しながら待っててくれた皆に合流して家路に着いたのだった。

















 もうずっと忘れてた。

このマフラー見るまでは。




「もーう、準さんってば、おれのマフラー知ってるの?これね、桐青に入学する前に下見に、」



 話そうとする利央をさえぎって、マフラーの端っこを引っ張って、ヤツの目に見せ付けるみたいに突きつける。

「なに?」
「よーく見てみろ。」
「えっ・・・・・・・・イニシャル、J.Tってあるよ?・・・・・・・ええーっっ!ウソだろ?!」
「この穴、これはフェンスの下にボール見つけて取ろうとした時に引っ掛けて開いたんだよ」

もともと大きい目をまん丸に見開いてオレを見ているのが可笑しい。
だってオレも利央も全然気づいてないなんてサ!有り得ねぇ−!
しばらく黙って言葉にならなかったけど、どちらからとも無く笑い出したらもう止まらなかった。
ひゃひゃひゃ、けらけら、有り得ねぇー、の連発。

「オレ、あの時2、3つ年下の子だと思ってたんだよ!オマエだなんて全然気がつかなかった!」
「ひっでぇ、準さん!!でもオレも全然気づかなかったけどサ・・・・・・・・・・すごいね」


 気づかなかったくだりを申し訳なさそうに小声で言って、最後は厳かな囁きに変わった。
 楽しそうで嬉しそうな瞳は、前に見たときと変わらない。
人生で始めて見る雪に感動して、子犬のように駆け回って叫んでいた彼は今もそのままだ。

 宝石のようにきらきらと光るコイツにオレはふさわしくあるだろうか?

 いつかはハッキリしなければいけないけれど、今はただそのきらきらと光を反射する瞳を見ていたい。
誠実さも純粋さもどちらも秤にはかけられない。

 オレの逡巡を見透かしたかのように利央が明るく笑う。



「ねぇ、急ごうよ。映画はじまっちゃうから!早く来るくらい楽しみにしてたんでしょ?」
「ん、ああそうだな」

 しばらく無言で前を歩いていた利央が意を決したかのような雰囲気で立ち止まる。
おかげでオレは利央の壁に鼻をぶつけそうになった。


「・・・・・・・・・・・・・・・準さ・・・・・今だけでいいからサ・・・・・・・手つないでいい・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」


 ごく小さな声で言って、背中向けたまま振り返りもしない。



「・・・・・・・・・・・ホントに今だけ!」

 ぱっと振り返った顔の必死な表情に心臓がズキンと痛む。
寒いからなのか、昼だからなのか人影はない。

「・・・・・・・・・・・・・だめ・・・・・だよね」


 しゅんと耳をたれたかのようなコイツに弱い。諦めて踵を返そうとした利央の手にコツンと手をぶつけた。

「今だけだからな。」

 念押しした。
その途端にパッと輝く表情に、やっぱり心臓がズキンと痛む。

 そっと絡んできた利央の指は、あの日みたいに冷たくは無かった。
暖かくてなぜだか泣きたいような気持ちがこみ上げてくる。






 もうちょっとしたら、多分オマエを好きになると思う

 もう少しだけ、ほんのもう少しだけ待っててくれよ



 そしたらその笑顔に恥じないくらいに、きっと好きになるから

 それまでオレのマフラーは預かってて







「雪、降るといいね」

静かに暖かな利央の声が内緒話のようにそうささやいた。














11th Sep 2007

地に足の付いた青春ものは書きやすいですね。笑)) シンドイ世界ばかり書いた後にはひとしおです))) や、ソレはそれで楽しいのですけど。
設定は日系二世とあったのを勝手にいじってます。中学3年の冬にパパの仕事の都合で日本に。それで中高一環の桐青に来たという・・・・
あっ、和さんとは・・・・・・・・・・シマッタ!

「ワビとサビ」の話は友達がバスの中で聞いた実話ですヨ((笑))日本文化への理解の道は遠い!南米産の子達が雪が降って大騒ぎしていたのも実話です。小1時間ばかり浮かれ騒いでいたのじゃなかろうか?寒い〜

ここまでお付き合いくださいましてありがとうございます。
                                             すすき