悩める野球少年の恋愛力学 利央.8
「利央、ちんたら走ってんじゃねぇ!このタコ!」
「スンマセン!」
「準太っっ、集中切らしてんじゃねーぞ!! オマエが崩れたら他の努力が全部無駄んなるだろーがっっっ!河合、キチンとさせろっっ」
「ハイっ」
「スンマセンっっ」
「山ノ井!本山!次バッターボックス入れ!迅っっ、そこのジャマなグローブどけろ!池田ぁ、1年ランニング済んだら全員呼んで来い!」
「はいっ」「はいっ」
「スグ呼んできますっ」
監督の怒号が響く中、汗がこめかみを伝う。
既に夏大は1週間後だ。
此処最近はさすがにレギュラー集中で、満遍なく怒鳴られている。
どの顔も必死で、勝つために自分に足りない何かを少しでも掴みたくて、この暑い最中アホみたいにボールをを追いかけてて、レギュラー以外は極力練習のジャマにならないように小さなことにも気を回してくれている。
これは毎日これでもか!と怒鳴られてるレギュラーに対しての尊敬と同情だろう。
投げて、打って、走って、毎日毎日、どんな場面でも身体が動くように、キビシイ夏大のスケジュールを勝ち上がって行く為に、全部を出し切る。
暑い空気が重たく体に纏わりつく。
あと1週間したら初戦か・・・・・・おれも相当怒鳴られてるけど、準さんもひどい。
準さんが叱られると何故か和さんまで叱られてて・・・・メオトだからってコトらしい。
準さんは自分が叱られたくらいじゃピリっとしないってのをカントクは判ってるんだな、って慎吾さんは言ってた。
ある意味すごいマイペースだからね。
ふぅーっと溜息が漏れる。
十分過ぎるくらいに思い知らされた答えに、あの時の準さんの「忘れる」って言ってくれた言葉を受け入れたら良かったと後悔しても、もう遅い。
でも何度考えても、あの時にはあの程度の答えしか出なかった。
おれも傷ついたけど、準さんをそれ以上傷つけてしまって、おれ達の間に入ったヒビは、もう取り返しがつかないほど深くなってしまった。
それでもまだそのヒビを埋めたくて無駄だと知りつつ足掻いている。
おれは結局近すぎるから錯覚してしまうんだと思う。
準さんはおれが周りをうろうろするのを嫌がったりしなかったから、ウザいとか言うけど、でもそれでも側に居られたのは準さんが許してくれてたからだ。
それでおれはナントナク『許されてる = もしかしたら準さんも少しくらいは好きでいてくれてる?』とか、無意識に錯覚してたんだと思う。ホントに単なる思い込みの錯覚だけれど。
おれは自分の気持ちに決着を着けなきゃいけない。
準さんの答えは出たんだから、もうこれ以上は準さんを傷つけるだけだ。
誰も彼もが思いが叶う訳じゃない。
おれは…
諦めなきゃいけないんだ。
何度も何度もその言葉を飲み込む。
身体中の髪の毛の先から足のつま先まで行き渡るように、2度と準さんを傷つけたりしないように何度もこころの中で繰り返した。
きっと全部は元通りにはならないから、だけど!・・・・・・・・だから、・・…せめて同じチームで頼りにされたい。
まだそんなコトを考えてる。
未練がましいんだって、・・・・・・・・・分ってる。
どちらにしても控え捕手だった樺沢さんの抜けた後で、今更野球部辞めるとかは許されない気がする。
もしも和さんが怪我したり、途中で故障したりしたら代わりはおれしかいない。嬉しいような、苦しいような、すごく複雑な心境で・・・・・・・・・・
でも自分が悪かったのは分ってるから仕方ない。
どうして準さんの差し出してくれた仲直りの方法を受け取れなかったんだろう・・・・・・今さらだよね。
「りーおーうー!気ぃ抜いてんじゃねぇぞ、このタコ!! やる気ねぇなら下げるぞっっ」
おれのこころの中のグチャグチャに気がそれたのを目ざとく気づいた監督からいつもの怒号が飛んできた。
怒鳴られて練習に没頭してたら色々考えなくて済む。
いや、すぐに元に戻って考えちゃうんだけど、少しでも引き戻されたらその瞬間は野球に集中して少しだけラクになる。
多分。
「スンマセン!! 有りますっっ!」
大慌てで、ヤル気アリマスと主張してみる。
でも正直、本気でそう思ってるのかなんて自分でも分らなくなってきてる。
単なる意地かな…
この厳しいスケジュールの練習と日増しに強まる太陽光線に、だんだんアタマの中が空っぽになる。
和さんの控えってコトで、満遍なく怒鳴られてるレギュラーの中でもカントクに怒鳴られる回数はダントツ1位で、毎日
毎日だれよりもしごかれてる。
和さんも「期待してるぞ」って言ってくれて、慎吾さんも「あのカントクに怒鳴られるヤツは伸びるよ」って言ってくれてる
。
タケさんも「負けんなよ」って。
それからマエさんも松っさんも山さんもモトさんも。それから、それから・・・・・・・
チームのみんなが「がんばれ!」って言ってくれてるのが分ってて、おれはどうして辞めたいなんて思ってしまうんだろうか。
・・・・・・・・・おれはちょっとでも、まだ準さんの側に居たいと心のどこかで思ってるんだ。
まだ どうしようもなく
好きなんだ。
「上がる時によーく、ストレッチしとけよ!今日の罰当番は・・・・・・・・南野、山下、中山、千秋!暑いからってぶったるんでると怪我するからな、気ィ抜かずにやっとけよ。それから上がってからも水分補給各自気をつけてな。今日はこれで解散!」
「「「あざっしたっっ」」」
いつもの主将の終了の挨拶の後、解散になる。
罰当番は渋々といった具合に今日の罰にとりかかり、片付けは当番になっている部員が当たる。他は着替える為に部室へと三々五々に散って行く。
3年は特にシャワーは一番最初と決まっているので、もたもたして下級生に迷惑かけないためにも一番に駆け出す。
「準太っ!」
帰ろうとした準さんを和さんが手招きで呼び戻した。
正捕手と投手なんだから当然そんなことは良くあることで、おれは胸に広がるモヤモヤをなるべく意識しないようにトンボを機械的に動かしながら、でも結局、耳だけは自然二人の会話を追いかけてる。
ちょっと離れた二人からそれほど大きくない声だけど話しているのが聞こえる。風の向きが準さんたちの方からおれの方に向かって流れているせいだ。
「準太、コレ虫刺されか?」
ちょっと笑いを含んだ和さんの声が準さんに話しかける。
「っス。・・・・みっともないっスか?」
苦笑いって風に答えた準さんの声は安定していて、それが和さんに対する信頼なんだよな、とか思うとちっょとモヤモヤが膨らんだ気がする。
準さんは気づいてないと思うけど、和さんと話してるときの準さんは゛安心してる゛ってかんじに柔らかい顔してる。
おれは準さんの顔見れないけど、チラっと盗み見た限りでは、今日の準さんは左目の横を蚊にさされたみたいで少し赤く腫れてて痛痒そうだった。
部活中にほとんどの部員に指摘されてて、痛痒いからさわんな、みたいな話をしてた。
それを面白がった慎吾さんが・・・
「か、てっ、和さん?!わぁぁぁ〜止めてくださいっ、てっ」
「オトコだったら逃げんな、準太」
えっ?!って顔を上げたら目線の先に普段は大切に手入れされてる準さんのグローブが転がってて、そのまま視線を上げたら和さんが準さんの首をガッチリと抱え込んでて、左手にはナンカ?が握られてる。
「なな、ナニするんスかっ?!」
どうやら必死に抵抗しているらしい(元々そんなに力のある人じゃないけどさ…和さんだから?)準さんが、ただボケっと見ていたおれとほんの一瞬だけ目があって逸らした。それから見る見る首まで真っ赤になった。
和さんは判っているのかいないのか、準さんを捕まえてる腕の力を緩める気なんてまるでナイ。
「オトコだろ?」
どうやら手に握られていたのは虫さされの薬らしくて、あらかじめキャップを外してあったそれを嫌がる準さんの顎を固定して無理矢理目の横の赤く腫れてる箇所に塗る。
「!!!か、かずさっ、いったっっ」
どうやらぎゅうぎゅう押し付けられてるみたいで、準さんが情けない悲鳴を上げてる。
呆然と眺めてたら、いきなりアタマごと抱えられるみたいに視界が遮られて、一瞬ナニが起きたのか判らなかったけれど慎吾さんの声に我に還った。
「早くグラ整終わらせろって。・・・・・・・・・・・アホ面戻せ」
視界を遮ったのは慎吾さんの手で、後ろから慎吾さんよりも身長のあるおれのアタマを引き寄せるみたいにして右手で目隠しされてる。その手を外すのもままならないくらいショックを受けてるって、このヒトにはもうバレてるに違いない。
体をそのままくるりと反転させられると、背中を押される。
「迅たちがピッチングマシンしまってるから、オマエも行って片付け手伝ってこい」
「う、うっス」
おれは一体どんな情けない顔して2人を見てたんだろうか。
・・・・・・・・・・・だって和さんは、あんな風に誰かにスキンシップしたりしないよ?ああいうのは大抵、モトさんとか、慎吾さんの役目?で・・・・・・・・あんな和さんはじめて見た。
それで、準さんも絶対にそう思ったに違いない・・・・・・・・・・・・
こういうの『傷に塩をすりこむ』って言うんじゃないだろうか。
後ろから慎吾さんの重たい溜息が聞こえた。
2nd Aug 2008
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おれは一体ナニをやって・・・・・・・orz
夏コミ終わったらコメント入れに来ます・・・・くっっ(T_T)