悩める野球少年の恋愛力学  利央.2












 今日は一日てんで練習にならなかった。
もちろん監督にはどやされ、慎吾さんには兄貴との喧嘩の事をからかわれ(身体が出来てないのに負けん気ばっかり強くて云々)、準さんはとうとうおれに謝罪の言葉すら言わせてくれなかった。

 それが何より一番こたえた。


 結局自業自得なんだけど、一言でいいから謝りたかった。
きっと許してはくれないだろうけど、謝らなくちゃいけないんだ。どうしたら聞いてもらえるのか、メールするのは簡単だけど何か伝わらない気がする。
 眉間に皺がよってると和さんに指摘されたけど、きっと又そうだと思う。
 この山のようなボールを磨きながら考えなきゃならないんだ。
 全く練習にならなかった罰にボール磨きの刑なわけだ・・・・・ツイてない。


「おい!」

 顔を上げた先に和さんが校舎から出てくるのが見えた。

「まだ居たんスか」

 おれのアタマにゴスっと部の日誌が刺さる。

「痛いっスよ〜、和さん」
「おまえら喧嘩したのか?」

 ぎくっとした。

「だから兄貴と、」
「それ準太に殴られたんじゃないのか?」
「ないっス!!」

 即座に否定した。早すぎたかもしれない…



「・・・・・・じゃ、準太の首の引っ掻き傷はおまえがやったとか?」
「絶対にないっ」
「・・・・・・だよなぁ。それは流石に無さそうだなぁ・・・・・・今日準太イライラしてなかったか?」

 
 嘘はついてない。あの引っ掻き傷はおれじゃない。

 もう、ホントにこの人のこういうところにイライラするんだ。
 おれよりもよく準さんの事解ってて、準さんよりもおれの事解ってるところ・・・・・・・すげぇムカつく。そんで、すげぇ人だとも思う。
 おれも準さんも、昨日のことがバレる訳にはいかないから極力普通にしてた。もちろん準さんはおれの事避けてたから必要以上には近くに来なかったけど。
でもそんなのは練習中は珍しいことでもない。あっちはスタメンで、バッテリーは和さんだ。

 予選も近いのにわざわざおれとは組まない。
 メニューも一杯で無駄話なんかしてたら監督に追加メニューを喰らう。



「お前らまさか他校生と喧嘩したとかないよなぁ…?準太はともかくー、利央?」

 今思いついた結構最悪の展開に青くなりつつ急いでおれに確認を取る。結構心配性なんだよなー和さんは。



「なんで準さんはなくておれなんスか?!」
「オマエだって・・・・・・・その青痣は・・・・・」
「おれだってバカじゃないんだから、この時期にそんな事エース巻き込んでやったりしねぇよ」

 プンスカ怒るおれを苦笑いしている和さんの意見はもっともだ。
蹴った準さんだってわざとじゃないと思うから、コレ見て内心びっくりしたと思う。おれは朝気がついてびっくりした。どうりで痛いはずだよなぁ〜

 でもそんな事はどうでもいい。
 とにかく昨日の準さんとの事がアタマの中でぐるぐるしていてどうにもならない。
朝練の時もつい目で追っちゃうし、授業中も気になって気になって、いつも以上に集中なんてどころじゃなかった。
 放課後は部室に一番で飛び込んで待ち構えてたけど、準さんは既に着替えて来てて、おれと二人きりにならないように細心の注意を払ってるのがおれにはわかってしまう。



 解ってるんだ

 アレは昨日のおれの気持ちを否定した傷だ

 おれがつけたキスマークを消す為に自分で傷つけたんだ・・・・

 準さんが和さんを好きだって事も解ってる 





「調子・・・・・・調子が今ひとつじゃないんスか?」
「調子は別に悪くないよ」
「・・・・・・・・おれじゃ解かんねっスよ」

 いじけても仕方ない。おれには準さんの事全部は解らない。
ボール片手に俯くおれに、和さんが、ふーっと溜息をついた。

「まぁ兄弟喧嘩もほどほどにしとけよ。ベンチったって大怪我したら外ずされんだからな〜」
「うぃっス」
「そうだ利央、鍵かせ。オマエ今日慎吾と早番代わったんだって?」
「明日誰っスか?」

 おれは鍵を取る為に部室に入ってって自分の荷物ごと引っ張り出してくる。鍵を和さんに渡す前に締めてしまうからだ。和さんも日誌を置きに付いてきた。

「明日はヤマだな」

それを聞いて閃いた!

「鍵はオレ後で山さんに渡しに行きます。途中だし、今日ちょっと鞄に現金が入ってるんで・・・・」
「何だよ、オゴレ」
「ボール磨き終わるまで待っててくれますか?」
「いや帰る」
「ひでぇ・・・・・・」
「バァーカ、3年だぞ。勉強しなきゃだろー」
「和さんアタマいいじゃないスか」
「ホントに奢るのか?」
「コンビニで支払いする金なんで無理でーす。兄貴に喧嘩売った罰っス」

 しょーがねぇ!とか言って、げらげら笑いながら、お前も早く済ませて帰れよ。じゃあな、と別れた。
校舎の方で皆が和さんを待ってて、利央がんばれー!とか何とか声を掛けてきたのに手を振った。
 準さんは皆の後ろの方に居て違う方向を見ていた。多分゙フリ゛だと思う・・・・・・・

 そんなコトにも胸の奥でなんかがチリチリする。

 でも明日とりあえず何とか話だけでも聞いて貰って何とか謝るんだ。



「よし!さっさと終わらせて帰るぞ!!」

 おれは気合を入れて残りのボールをゴシゴシ磨き始めた。







 
 おれは野球部に入ってからというもの、いや正確には和さんと準さんに認めてもらってからは(周りに言わせれば勝手について回ってるってコトらしい)、本気の本気で正捕手目指していたんだ。

 それは来年になれば、目の上のタンコブとも言うべき和さんが卒業して晴れて準さんとバッテリーが組めるからだ。

 2年の捕手よりもおれのほうが技術は上だ。それは監督も認めてくれている。
 桐青は野球では名門って言っていいくらいだから部員も多いし、練習は厳しい。ただし、実力があれば必ず上へ行ける。レギュラーだって夢じゃない。
 
 だけどそれは和さんが卒業してからの話なんだ。
 すっげぇ悔しいけど現時点では和さんには及ばない。それは自分でも判ってる。
あの人の上手さっていうか、捕手としての資質は技術だけじゃないんだ。細やかな心配りってヤツ?

 あの鬼監督が和さんを褒めていたのを聞いた事がある。あの鬼監督がだ!!

『視野が広いんだな、河合は。そんでヤツは投手をよく理解してるぜ、利央』

 和さんを褒めたというか・・・・・・・おれがボコられたとも言う。
 つまりおれは視野が狭くて準さんをまだ理解してないって事らしい。
だからそれも悔しくてなるべく二人の後をついて回る事にしたんだ。準さんが好きだからってだけじゃない。・・・・・・いやそれもかなりあるけど…

 和さんと準さんは中等部からのバッテリーで当然付き合いはおれよりも長い。
高等部に上がってからだって一緒に甲子園目指してきたんだから、目に見えない連帯感?なんかそういうのがあってたまに本気で嫉妬する。
準さんに1年遅れて入った(当たり前だけど)おれなんかは当然この春からしか知らないんだ・・・・・・いろいろとすげぇ不利だ。


 いろいろなことがぐるぐるしてきて今日も中々眠れない。準さんは許してくれるかな?
すっげく望み薄な気がするけど・・・・・・・・・ちゃんと謝って、それで説明して・・・・多分ちゃんと気持ちを伝えないと駄目だ。フザケた訳じゃないってちゃんと言わないと、変に誤解されるのは絶対に嫌だ。



 あの人が和さんを好きなのは知ってるけど、どうにかしておれに目を向けてくれたらすげぇ嬉しい!


そしたら絶対に大切にするんだ。

ちゃんとセイイをつくして、野球もがんばったらこっちを向いてくれないだろうか?


 こんな風に考えるのは都合がいいのかもしれないけど、そうでも考えないと不安で、きっと準さんにきちんと謝れそうにない。
ああ神様、明日はちゃんと話が出来ますように!
 ばぁちゃんも見ててくれ!

 寝る前のお祈りを忘れたけど、もう身体は寝ていて動けなかった。

















 サイアクの日、3日目。

 おれは眠れなかったせいでいつもより30分も寝過ごしてしまった。
バタバタと制服を着て顔を洗い歯を磨く。パンを咥えたままチャリに飛び乗った。
これじゃあ、山さんに早番代わって貰ったのがオジャンになる!! 昨日携帯に届け忘れたから早番変わるってメール打っといた。
 なぜかと言えば、準さんはいつもだいたい一番乗りで練習に来るんだ。その後におれと和さんが続く。
で、重要なのはその早出の中に誰が混ざるかという事なんだけど。
 山さんはノーテンキだからちょっとくらい様子が変でも気づかない、となれば練習したくて堪らない準さんも油断していつもどおりに来るはずだ。これが慎吾さんだったりしたら、おれと準さんがおかしいのに絶対に気づく。だから準さんも遅刻ぎりぎりで来ると思う。




 そんな訳でチャリを飛ばしていつもよりも10分早く着いた!! えらいぞ、おれ!

急いで部室に走っていったら部室の入り口が開いている!何でだ??
鍵持ってるのは…・・・・・・和さんかよーっっ


 プレハブの引き戸を、おれは腹立ち半分に勢いよく開ける。
外の新鮮な空気が流れ込んで中の空気が動き、いつもの埃くさい匂いと乾いた空気が溢れ出す。

「ざぁっ、ス・・・・・・・・準さん!」 

 一礼して顔を上げると、中には予想に反して和さんじゃなく準さんがいた。
それも丁度着替えてるところで、半分被りかけのアンダーシャツから裸の胸に残る鬱血の直りかけた打ち身みたいなのがそこ此処に散ってて、おれは一気に顔に血が上って、あわてて後ろを向く。

 あんなにイッパイつけた痕がすげぇ恥ずかしい・・・・・・アレ全部おれがつけたんだ。どんだけ夢中だったんだ!

気まずい雰囲気に何て言い出そうかと頭を巡らしてると、バンっとロッカー閉める音がして準さんが歩いてきた。

「じゅ、」

 無視して行こうとするのに話を聞いて欲しくて、すれ違う寸前腕を掴もうとしたのをたたき払われた。

「さわんな!」

 今まで見た事もないみたいな険しい顔でおれを睨んできた。

「準さん、お」
「黙れ」
「でも、」
「聞きたくない」
「準さんっっ」



 また振り払われるかもって思ったけど、どうしても今言わなきゃって気持ちが勝手に手を動かして、気がつけば準さんのユニフォームの裾を掴んでた。 
それを見た準さんの顔色がさっと変わったのに気がついて、慌てて放して、元々いた引き戸の前に外へ出られないように立った。


「おれ、おれ悪いと思ってます!ホントすんませんっした!許してくれないかもだけど、…今更かもですけど、ホントにごめんなさい!スンマセンっした!!!でも・・・・でも準さん好きなのはホントっだから!」



 昨日の夜考えていた言葉の半分も言えてないけど、ここで逃がしたらもう聞いてもらえないかもしれないと言う焦りと、そろそろ皆が来るだろうという焦りで、まくし立てるみたいにひと息に言う。最後のところはさずかに声が小さくなった。
バカみたいにしゃっちょこばって最敬礼でアタマを下げる。顔も耳もすっげく熱い。

 アタマ下げてるから顔は見れないけど、準さんの握りしめた手がぶるぶる震えてるのが目に入った。

 男が男にあんなコトされたらフツー驚く。
言っとくけどおれだって男とディープキスしたのもあんな事したのも始めてだ・・・・・・・こんなに怒るとかショック受けるとか先のことはちらりとも考えてなかった。

 本当におれはバカだったんだ・・・・・


「・・・・・・・どけ」

 怒りに震える声が聞こえる。

「準さ、」
「2度とおれに触んな」



 小さいけれどハッキリした声でそう告げられた。





 おれよりも約10cm小さい準さんの髪が横をすり抜けるときに頬にちっょと触れた。


 心臓が本格的に潰れたみたいに痛かった。





                              
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28th Aug 2007