悩める野球少年の恋愛力学   利央.6







 隠れる場所を急いで探す。
ロッカーから荷物とって、着替えてる布地の擦れる音とかが、開けた窓から聞こえてやけに耳についてどうしようもない。
ますます焦る!!早くしないと着替えて出てきちゃうよ〜っっ

 でもここはシャワー室に外から入れるようになっている体育館隣のシャワー用のロッカー部屋の入り口で、隠れるようなものは何も無くて、そのままグラウンドへ通じる裏道があるだけだ。
 大抵屋外の部の連中はここから直で汗を流しに行く。
 建物に入るのに正面入り口まで遠回りするのがバカらしいから、この時間は一番遅くまで残っている野球部専用になる。

 焦ってとりあえず逃げようと体の向きを変えて数歩走り出したけど、スグに石みたいな何か硬いものにけつまづいた。

「わぁぁぁっ!」

 真っ暗で周りが見えなかったのもあるけど手が泳いでよろけて、どうやら植え込みに突っ込んだ。
モシャモシャのなんか細かい植え込みの枝がイタイ・・・・
ガラリ、と入り口の戸が開いてタオル被った準さんの影が出てきた。

 おれのバカ・・・・・・・・


「利央か?」

 久しぶりに呼ばれた名前に心臓が飛び上がる・・・・・・・・・・ホントに、口から出るか、と、思った。

「す、すんません・・・・・・・・」


 なんでか謝って、そっちを見ないように手についた小枝と泥を払う。
早く服着て!顔も上げられないよ!・・・・・・・・・いや下はベルトまでははまってないもののちゃんと着てマスガ…
正直・・・・・・・・・・すげく、・・・・・・・・困る。
 おれ、オトコノコなんだよ?判ってんのかなぁ・・・・・・・・


「・・・・・・・・怪我は?」


「だ、大丈夫っっ!」


 まだためらってるって声音が、それでもおれを心配して聞いてくる。

 すっげー嬉しい!!!
久しぶりに聞いた準さんの声がおれを心配してくれてるってのが、なんか、もう、例えようのないくらい嬉しい!

 笑いそうになる顔をぎゅっと引き締める。

 ここでヘラヘラしたらダメダ。




「準さん、風邪ひくと、」
「ちょっと、こっち来いよ」


 ぴくっ、としてしまった。だって思いもよらない言葉だったから・・・・・・
行きたくないような、行きたいような・・・・準さんがいつも使ってるボディシャンプーのフルーツの香りがする。

「りーおーう」
「・・・・・・・・・・・」

 今まで口もきいてくれなかったのに、とちょっと拗ねたい気分。
何にもなかったみたいに前みたいな呼び方で呼んでくれるのにほっとする。
仲直りできるってコト?

 結局おれは準さんに逆らえる訳もなく、とぼとぼと近づいていく。
目の前に立ったけど、顔が上げられない。
バカみたいに転んだのも恥ずかしかったけど、屋内にいるこの人は入り口の階段に立ったおれよりも少し身長が高い。
だから目の前に裸の胸が来て・・・・・・・・・バスタオル被ってるとはいえ、ね。


「手ぇ出せ」
「だ、ダイジョ」
「いいから、出せ。」


 しぶしぶ両手を準さんの目の前に出す。
それを無造作に掴んで、おれの手のひらに散った擦り傷を確かめて、さらにひっくり返したり腕を引っ張ったりして怪我の具合を見てる。
 久しぶりに間近で感じる準さんは、うっすらとシャワーの後の熱をまとってて握られた手が暖かい。
怪我を心配してくれてるのも嬉しいし、普通に触れてくれるのが嬉しい。

 心臓はバクバクいつもよりもちっょと早い脈を打つけど、聞こえてないといい。
 じっと腕捻ったりしてないか確かめたままの準さんが唐突に口を開いた。



「オレ・・・・・・あれは、忘れるから、おまえも忘れろ」


「なっ!・・・・・・・・・・・・準さ、・・・・・・・それって、それって・・・・・・・さ・・・・・」





 言葉が出てこない。

 それって・・・・・・・・・・あんまりだよね?




 体温がぐっと下がる。さっきまで必要以上に動いてた心臓が急に冷たくなる感じ?

 無かった事にしたいってコト?それじゃあおれのこの気持ちはドコへやればいいの?
いっぱいいっぱい考えて眠れないほど考えたけど、準さん諦めるなんて出来ないって解ったのに、それも全部、全部なかった事にしたいってコト??


 おれの気持ちなんて関係ないの?

 ただ想っていることすら許されないの?







 今まで我慢してた色々が腹の底から溢れてくるみたいに、胃の辺りが熱くなる。

誓って言うけど・・・・・・・・・・おれは準さん大切にしたいとしか思ってなかった。
傷つけたいなんて気持ちは微塵もなかった。

 ゛衝動゛って言葉は知っていたけど、実感したのはこの時が初めてだと思う。





 気がついたら準さんを室内のロッカーに乱暴に押し付ける形で無理矢理キスしてた。
手荒く押し付けたせいでロッカーに頭ぶつけたみたいだけど、そんなコト躊躇する余裕さえない。

 身長がおれの方が高いのをいい事に覆いかぶさるみたいにして体全体で準さんを逃がさない。
ウェイトは同じくらいだけど、投手よりも捕手の方が足腰がしっかりと鍛えられてるはずだしね。


「・・・・・・ん、り・・・・おっ!」
 
 なんとか逃れようと腕をつっぱっておれを押しのけようとしてるのを、ひどく乱暴に両腕を捕まえて後のロッカーにたたきつけるみたいにひとくくりにした。
 あの兄ちゃんにイロイロ鍛えられてて、見た目よりも力はあるつもり。
 合わせた唇から準さんの怒りが伝わってくる。

 逃げる舌を捕まえて絡みついて強く吸った。


 ただ好きなだけなのに、どうして・・・・・・・・・どうして、それさえも許してくれないんだろう。


 ねぇ、好きでいる事も許されないの?おれの気持ちが準さんにはウザイの?

 ほんとに、ただ、好きなんだよ!



 妥協とか打算とか、そんな事考えられない。
もっと上手く伝える方法とかきっとなんかあるんだと思う。

 上手く言葉にのせられない想いが身体の中で渦巻いていて、表現できない気持ちは理不尽だけれど怒りみたいな、すごく凶暴な衝動を、心に深く隠した中から見つけ出してきてしまった。
それが本能の一番奥の奥をつついて、必死ですべてを抑えていた理性にヒビを入れて、今まで我慢して押さえ込んでいた感情を溢れさせる。
 一度流されてしまえば粉々になってしまった理性は元に戻るはずもない。
 
 そんな器用なマネはそもそも出来ない。 


 準さんが投手なんだとか、同じチームだとか、大会が近いから仲直りしなきゃいけないとか、もうそんなこと全部が吹っ飛んでしまって自分がどうしたいのかすらも遙か彼方だ。

 無理矢理するキスでも準さんの口唇(くちびる)はあまい。
相手の気持ちを無視した行為なんてただの暴力だとアタマでは解っているけれど、貪る蜜の甘さにすべてを忘れて夢中になった。

 いま全部を手に入れたい。

 たぶんここで放してしまったら、きっともう2度と元にはもどらない。
いや、そもそも元通りなんて無理だったんだ。


 
 抱きしめた腕に準さんが力いっぱい抵抗しているのを感じる。
被っていたバスタオルも吹っ飛んで、裸の胸が上下しているのが目に入ったけれど、無視して首筋に唇を這わせて軽く噛んだ。

「あっ・・!・・・・」


せめて元通りくらいになれれば良いと思っていたのに、それすらも無理ならばいっそ壊してしまいたい。
どんなに頑張ってもダメならば、取り返しのつかないくらい壊れてしまえば諦められる。

 きっとそうに違いない。


 考えていたら足元にあったバスタオルを踏んで滑った。
その時にちょっと力が緩んだのを準さんがすばやく腕を胸からはずして、そのままの勢いで殴られた。

「って!」

 よろけたけれど勢いほどの威力は無くておれはよろけるだけで何とか持ちこたえて後の壁にぶつかる。
そこにもう一発殴られた。今度のは痛かった。

 ぜぇぜぇとお互いに肩で荒い息をしたまま睨みあう。
でも殴られた頬を押さえて見た先に準さんが複雑な表情で立ちすくんでいる。

 それはひどく傷ついたみたいな顔で、こっちの心臓まで締め付けられるみたいに切なくなる。

 どっちかって言ったら、準さんが殴られたみたいな顔だ・・・・



「おまえら、何やってんだ!!」

 すっかり忘れていたが、シャワーは既に済ませていた慎吾さんが教室に忘れたプリントを取りに行ってくる、と言っていたのだ。
 ぱたぱたと足音と一緒に飛び込んできた慎吾さんが体育館側の入り口に驚いた顔で立ちすくむ。
おれらの立てた物音に焦って途中から走ってきたんだろう。

 ぎりりと唇を噛んだ準さんが背を向けて手近な荷物を引っつかんでグラウンドに通じる入り口から足早に出て行った。


「おまえ・・・・・・・・殴られたのか?」

 おれの顔見て、めったに見せない真剣な顔に眉を曇らせて聞いてくる。
こんな状態で何をどう言っていいのか解らないけど、とロッカーを見たら準さん上着もシャツも置いていってるよ。


「慎吾さん、準さん追っかけてくれませんか?荷物忘れてるし。あ、おれが悪いんで。」
「何言って、」
「おれ、アタマ冷やして帰ります。スンマセン」


 思ったよりも普通の声が出た。 

 思い出した自分の醜態に生え際に手を突っ込んで、それでも思い直して最敬礼にアタマを下げた。
これ以上慎吾さんにまでみっともないところを見られたくない。
 


「・・・・・・・・・・・・・わかった。オマエも早く帰れよ」
「うス」

 声音に溜息が混じる。
それでも何も聞かずにいてくれる。準さんに聞くかもだけど…

「・・・・・・・・・・・・・明日は部活来ンだろ?」
「・・・・・・・・・・」

「オレも和己も待ってるからな。」



 下を向いたきりのおれのアタマをぽふぽふと軽くたたいて準さんの荷物を脇に抱えて出て行った。
その背中にちょうどいいタイミングで入ってきた慎吾さんに心から感謝した。



 そのままのろのろとユニフォームを脱いでシャワーブースに入って、熱めのお湯を勢いよく出す。




 固く握った拳を力任せにコンクリートの壁にたたきつけた。

準さんのココロはこれよりも痛かったのに違いない、そんな顔だった。









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29th Oct 2007
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 何だか思ってもみない方向に勝手に・・・・利央がボウソウしてるのですが・・・・ホントはこんな予定じゃ無かったんだよぉぉぅ〜!もっとサワヤカ〜な予定だったのにぃぃ・・・・そんでもって全く有りがちで先の見える進行具合・・・・・イロイロすみません。

 カカサス先にと思っていたので、更新お待たせでした。
そして結局おお振りを先に上げてしまうワタクシめをドウゾお許しクダサイ・・・・・・・・・orz

 ところでコレは血果にした方がいいのですか??? キスだけだからヨシ?合意じゃないから×??

                                                  すすき