トウシュ
〜トウシュのジジョウ〜
3
つい5分前までは上機嫌だったのにタカヤの登場ですべてをダメにされた気分だ。
レンの様子はタカヤがくる少し前からヘンだったけれど、オレは何であんな風に避けられたのかよく解らない。
だってそれまで投球してたんだから、何か言っちゃいけない事を言って傷つけたとか??アリエナイ・・・・・・だったら何だ?!
解らないからますますイライラする。
オレのリアクションと不機嫌の波動を感じ取ったのか、同学年のヤツ等が遠巻きにしているのが余計に腹立たしい。
「秋丸!続きやるぞ!」
カッカくるオレに秋丸は呆れ顔だ。
諦めたかのように溜息をひとつ吐いて、定位置についてミットを構える。
さっきまでノリノリでバッターボックス入ってたヤツ等が譲りあいをした挙句、犠牲の子羊とやらが供される。
さっきレンが歩いていった方向をなんとなく見て、そのまま投球のモーションに入る。
ナンでだよ!
放った球はバッターを直撃スレスレで秋丸のミットに収まる。
球速は悪くなかったハズだ・・・・・・モンダイはコントロールで、さっきまでの出来は何だったのかと言いたくなるくらいヒドイ。
いやバッターの方がそう言いたいんだろうけど。
「は、榛名ぁぁぁぁ〜」
「わり」
別にわざとやってる訳じゃないんだが、自分で自分の感情のコントロールがヘタだと思う。
気持ちが荒れると、投球も荒れる。
わかっちゃいるけど、どうしようもない。
さすがに2年目ともなるとチームのヤツ等もオレに悪気がないのは解ってる。
初めはこういう場合はすべて悪意に取られたりしてたっけ。
強い日差しに滴る汗を拭う。
デッドボール寸前の投球とチームメイト達の怯えた顔見て少し頭が冷えた。
チームのヤツ怪我さしてどうする。
「わり秋丸、やっぱちょっと頭冷やすから時間くれ」
「はる、」
返事は聞かずに校舎が作る日陰に歩いていく。
オレなんか傷つけるような事言ったのかなぁ?考えてもさっぱり思い浮かばねぇし、やっぱタカヤに怯えてとかそんなんかぁ?ってかソレしか思い浮かばねぇ!
校舎が作るわずかばかりの日陰に逃げ込むと、ぎらぎらと焼きつける太陽の光がない分涼しい。
一番向こうのグラウンドの土の上にゆらゆらと陽炎が立っていて、よくもこんな場所でオレ等練習してるよな、と自分達に感心する。
ほんの少し前までの嬉しそうにキャチボールしてたレンの顔が浮かんだ。
それまでのキョドリなんてキレイさっぱり抜けた笑顔は多分あいつの本質で、野球が楽しくてたまらなくて嬉しくて・・・・・いや、野球というよりも投球が好きなのかもしれない。
ちょっと座るかと、腰を下ろしたコンクリの冷んやりとした感覚の前にナニカがある。
「やべっっっ!」
慌てて立ち上がると、尻ポケットから預かっていたレンの携帯を引っ張り出す。
手早くひっくり返して表面も裏も傷ついてないか確認する。それから半分に折りたたんであるのを開いて中も確認した。
完全に腰を下ろす寸前だから全体重は乗っけてないから見た限りでは潰れてないし、傷もついてなくて少し安心したが中身は本当に大丈夫だろうか?
圧迫でデータが飛んでいたりしたらアイツが困るだろうし・・・・・・
そうだ、これがなきゃきっとレンは困るはずだから届けに行けばいいんだ!
ぱかっと携帯を開いて色々ボタンをいじくる。オレのとはメーカーが違うけれど、まぁどれも大差ないだろう。
そうやってるうちに簡単に電話帳の場所を見つけて操作すると、実にわかりやすく【野球部】の括りを見つける。
そのうちの誰にしようかと見ていたら『栄口』の名前に目が留まった。
たしか夏大の抽選会でレンと一緒にトイレにいたのが゛サカエグチ君゛とか言わなかったか??
躊躇いなくコールのボタンを押すと軽やかなコール音が携帯の向こうで鳴っている。
3コール目で相手が出た。
「ミハシぃ?今どこにいんのー??さっき阿部がさぁー」
「もう来て、帰った。」
「えっ??」
呑気にしゃべってたのが、明らかにレンの声でないのと会話を先読みした返事に途惑ってるって風に聞き返してきた。
「武蔵野の榛名なんだけど、オマエ夏大の抽選会場のトイレにいたサカエグチだろ??」
「はっ、榛名さんっっ?! なんで?!」
タカヤの事だから電話でレンを怒鳴った後は行き先も告げずにイキオイで出てきたんだろう。
どうにも事情を説明しなければならないのはダルいが、ここで短気を起こすわけにも行かない。
とりあえずは今朝の経緯と、タカヤが怒ってレンを連れ戻していった事を話した。電話の向こうでオレの説明を聞いていた栄口が、あははと苦笑いしている。
オレをしょうがないと思ってンのか、レンのことか、タカヤのことか、それとも3人纏めてなのかは分らないが、だいたいの事情は飲み込めたみたいだ。
「阿部もミハシもしょうがないなー。阿部のフォローは俺らやっときますよ〜」
そうだ!ホントにタカヤはどーしよーもねーヤツだ!! それはそれとして・・・
「悪りぃ。それで、もう一つだけ頼みがあんだけど…」
目を上げた先に快晴!というに相応しい青い青い空がずっと向こうまで続いている。
真っ青な空にレンの、アイツの、性格そのままの真っ直ぐな感じのモーションが瞼に浮かんだ。
◇◆◇
「これかぁ〜?」
栄口から聞いた住所を探してたどり着いた家は、敷地の広さもさることながら随分大きな家だった。
表札が出ていなくてさっきからオレは行ったり来たりを繰り返していて、知らない人が見たら明らかに不審者だ。夕方の6時半と言えばまだ外は明るくて、ビタリと閉められた玄関からは人が居るのか留守なのかも判らない。
「うちに何かご用?」
「わっ」
突然かけられた声に思わず声が出た。でもニコニコと声をかけてくれた女の人を見て、オレはここがレンの家だと確信する。
どうやらスーパーへ行ってきたらしい両手の荷物は結構な量だ。
「あの、オレ、レン…君の…」
其処まで言うか言わないかのうちにオバさんは嬉しそうにパンっと荷物をぶら下げた両手を合わせて、やっぱり!と言う顔をした。
「レンのお友達ね!そうだと思ったの!」
そう言う目線が、オレのスポーツバックに入りきらずに顔を出してるグローブを見て笑ってる。その無邪気でくったくのない様子に、ああレンの素直なトコはオバさん似なんだと納得した。
「多分レンまだ帰って来てないんだけど上がって中で待ってて。」
「いえ、オレ渡したい物があるだけなんで」
「あら遠慮しなくてもいいのに!もうちょっとした、ら…?」
そこまで言って、同じ野球部なのに一緒じゃないのはどうして?とレンそっくりの不思議そうな目で聞いてくるのに思わずブハッと吹き出した。
「オバさん、レンにそっくりっスね!」
傾げた頚の角度までそっくりでハムスターの親子みたいだ。
「そーお?良く言われるけど」
「うん、そっくりっスよ!」
「「あはは」」
二人して笑ったら緊張が溶けてリラックス出来た。
うん、これならレンとちゃんと話せそうだ。
「オレ武蔵野第一高校野球部の榛名元希って言います。ここでレンが帰るの待ってていいっスか?」
ニカッて笑顔も忘れない。大人はこ―いうので、コロっと『いい子』だって思うからな、ってもう、いい子ねぇぇぇ!って顔に書いてあるよ!
反応が余りにストレート過ぎてやりにくい…
この親子はこんなんで大丈夫なんだろうか?
「もちろん待っててもらって構わないけど、外は暑いわよ?」
「慣れてるから平気っすよ。オレ等いつも真昼から野球やってるし!」
「あはは、そうよね!高校球児だものね!あっ、ねぇ、よかったらお夕飯食べていって!すぐ準備するから!」
そう言うとオバさんは両手の荷物をよっこらせと抱えなおして急いで家へ入ろうとする。その荷物からトマトが一つゴロリと転げ落ちた。
ちょっと割れてしまったけれど、お腹の中に入れば一緒だから大丈夫だろう。
「オレ運びますよ、重そうだし」
自分のスポーツバックはとりあえず脇に置いて、手早くトマトを拾うとオバさんの手から有無を言わせずにスーパーの袋を奪い取る。
済まなさそうに、ありがとう悪いわね、と言った後にスグに手を振るから驚いてオバさんの目線を追う。
「レ〜ン〜っっ!」
「お母さ・・・!!!」
レンがオバさんに手を振ろうとしたのを、隣にいるオレに気づいてぎょっとしてる。
やっぱり栄口に今日レンの家を訪ねるために住所を聞いて、それを口止めしたのは正解だった。
多分オレが来るって知ってたら帰ってこなかったかもな・・・・・・・考えすぎかな?
別にイジメに来たわけじゃねーし・・・・・・・・だから先手必勝で今朝のことなんて忘れたみたいに声をかける。
「おいレン、携帯忘れてったろ?」
「あっ」
言われるまですっかり忘れてたのかよ〜!その顔は〜!!
「ちょっとレン、榛名君の荷物半分手伝ってちょうだい!お母さん、今から急いでお夕飯作るから」
ね?ってオレの顔を見るのに苦笑する。
レンの様子を見たら携帯渡して帰ったほうがよさそうだ。
素直なレンは言われるままに慌ててオレの荷物を半分引き受けてくれる。でも目は極力合わせないようにしてるのがありありと判る。
玄関の鍵をオバさんが開けてくれたのに荷物を運び入れて、自分のバックの中からレンの携帯を取り出して手招きした。
オバさんが荷物を持って奥へ行ってしまったのを確認してから、オレの斜め前に恐る恐る立つレンの右手を取って携帯を握らせる。
「今日はごめんな。オレ、なんかオマエに悪いことしたみたいで、さ・・・秋丸にも色々無神経だとか言われるしさ・・・・悪かったよ」
俯いているレンのふわふわのアタマを撫でる。やっぱりなんかドウブツなでてるみたいな気分になる。
相当レンの気に障ったのか、傷つけたのか、さっぱり訳がわからないけど、レンが話してくれないんじゃオレには見当もつかないし、歓迎されてるようにも思えないからやっぱり帰るしかなさそうだ。
なんか胸の奥がぺしゃんとヘコんで、がっかりした気持ちになる。
今気づいたけれど、オレはここへすごくウキウキしながら来たんだ。
今朝みたいに話せるような気がしてた。
それがまったく勝手な思い込みだったことに思った以上にガッカリしている。
強張った顔で俯いたきり動かないレンに、もう一度「ごめんな」って言って、下に置いてたスポーツバックを肩にかけた。
こんな風な行き違いは結構ヨクアル。
秋丸に言わせるとオレが無神経で周りを気にしなさ過ぎるのが悪いらしい。いつもはともかく今日は明らかにオレが悪いんだろう。
一歩を踏み出したら何かがひっかかってパックが引っ張られた。
えって振り返ったら、レンの両手がしっかりとオレのバックを掴んでて・・・??
「はっ、榛名さんはっ、わ、悪くナイっっ!悪い・・・の、は、オレだっっ」
「えっ??」
ぎゅっ、てカンジにオレのバックを握った手が小刻みに震えてて・・・・なんでレンが悪いのかは解らないけど、コイツがモノスゴイ勇気を振り絞ってるのだけは解った。
「オ、オレっっ、榛名さ、んの、と・・・・投球に・・・・・・・しっ、シットしたっ」
え?
声も手も震えてるけど、ぎゅっと握った手を離さずにいて、顔は真っ赤に染まってる。
「投球にしっと・・・・・・・・?」
「ご、ごめんな、さいっっ」
思ってもみなかった答えに愕然とする。
シットって嫉妬のコトか???
あんまり意外すぎて、ナニをどう言えばいいんだ?
オレが固まってるのを怒りととったのか、ますますレンが小さくなって謝る。
「ごめんなさ・・・・い・・・・・・・・」
その姿が、親に怒られた小さな子みたいで、ぷっと吹き出した。
「なんだよ!そんなことかよっ〜!!」
よかった!
笑い出したオレに唖然とした顔でレンが見上げてくる。
ニシシ・・・と笑ってレンの頭をかき回してやった。
「心配すんだろー!秋丸には脅されるしよー!!」
超安心した〜っっ!
ぐちゃぐちゃのアタマにしてやってんのに、レンの顔にホっとした安堵の色が浮かんでて、こっちがそれにホっとする。
家の中からオバさんの声が聞こえる。
「レ〜ン〜」
「はっ、榛名さっっ」
手がぎゅっとバックの肩紐の部分を掴んで放さないのに、どうしようかとレンの瞳をのぞいてみた。
それにあわててレンが言葉で返してくる。
「いっ、一緒にゴ、ハンっ!」
その言葉が嬉しくてオレはレンのアタマを更にグチャグチャにしてやる。
オバさんの言葉に甘えて今日は、レンと一緒にゴハン食べて野球の話をするって今決めた!
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4th Sep 2008
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うわわわわわ、大変遅くなりました・・・・・・待っていてくださる方などいるのかどうかワカリマセンがお待たせしました!!!m(_ _)m
本誌では武蔵野第一と春日部の戦いがはじまりまたね!
あああ〜どっかで榛名とバッタリ!とかないのですかねぇぇぇぇぇぇ!!!
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