それはほんの偶然の出来事だった。
参考書を買う為に立ち寄った書店で、たまたま、見知った顔を見た。

 いや、正確には始めは誰だかさっぱり判らなかったが、向こうがオレを知っていた。
でっかい目を見開いてこっちを凝視していたクセに視線があった途端に目を逸らされて、それが記憶の何かにひっかかった。
オレが横を向くとコチラを見る、そいつの方を向くと…目をそらす。
 ソレが気に入らなくて店から出たところでこっちから声を掛けた。
 日差しが眩しい、夏体はもうスグそこだ。

「おい、オマエ!」
「!!」
「さっきこっち見てたよなぁ?ダレだっけ??」



 声を掛けといてダレだっけもないが、なぜだか気になったんだ。

 オレが声を掛けた相手は一旦飛び上がるほど驚いて(ホントに跳ねた)キョドキョドとあたりを見回して、オレと目を合わせようとしない。その様子にデジャヴを覚える。
 あーとか、うーとか言っているのに、もどかしくて思わず肩を掴んだ。

「!」

別に殴ろうとした訳でもないのに、身体を固くして小さくなったそいつに完全に記憶がダブって思い出した!
制服じゃないからなおさら判りづらかったんだな。


「オマエ!何だっけ?タカヤのとこの投手だろ?!確か・・・夏体の抽選会の時にトイレで会ったんだよなぁ!」

 もやもやが晴れてナンカさっぱりしたから嬉しくなった。
 そうだ、つい一昨日見た顔だ。
自然と笑顔になったのと、オレが思い出したので相手も安心したのかちょっとだけ雰囲気が緩んだのがわかった。

「ん?名前なんだっけ、オマエ?」

 それでもキョドキョドとするコイツに、人見知りなのか、それとも他校の上級生にびびってんのか、オレにはさっぱりだ。
脅えさせるようなコトしてないよなぁ?
 まぁタイガイ態度がデケェとか悪ィとかよく言われて、年上には目をつけられ、年下には怖がられる。
 いつもの事だ。


「み、ミハ、シ、で・・・・・す・・・・」

 一瞬だけチラッと目があって、またあわてて目をそらす。
その仕草がなんだか小動物っぽくて可笑しい・・・・・・・・なんかこういう動物見たことあんなぁ?



「下の名前は何てんだよ?ミハシは三に木の橋か?」

オレの問いに頷きながら、小さな声でレン、と答える。
どんな字か聞いたらセイレンケッパクのレンだって・・・・・・・・???

後で辞書見とこう。



「おいレン、オレこれから練習だからオマエも来いよ?」


 ほんの好奇心だ。
タカヤがオレを追っかけて武蔵野に来なかったのも少しは気になってる。
つまり、オレよりもいい投手が居たからわざわざ西浦に行ったのかな・・・・とか。
今、どんなヤツと組んでるのかな、とか。

 こんな小さなヤツが大した投球出来るとも思えないから、単にオレに反発して西浦にしたのかもだけど。
そっちの線が濃厚だよな・・・・・・だって今年から硬式になったってんだからな。
 あーあ、もの好きなヤツ〜



「い、行きたい・・・・・!」
「じゃあ、ついて来いよ」

 迷いの無い答えと急にはっきりした表情に、ああコイツは野球が好きなんだなーと思った。










 バスで移動する間中、レンはびくびくとしていて何だかこっちの居心地が悪い。
まるでオレがいじめてるようじゃないかよ。

「オマエそんなんでタカヤと上手くやってるのか?」


 あいつは野球にゃ妥協がないからこんなびびりじゃ、オレ以上に手を焼いてるのが目に見える。
いや、手を焼くというよりも、きっとあいつの短気に単純に終始びびってるんだろうな。
そんでコイツを思うとおりに投げさせるのはオレに投げさせるよりもきっと大変なんじゃないか?



「ア、アベ君は、イイヒトだ、・・・・・・・・」
「いや、オマエ・・・・・・・会話んなってねーよ」

 なんだか可笑しい。
コイツも野球に真剣なんだろうけど、きっとこいつらの日常ってぜってー噛み合ってねぇに違いねぇよ!

 ひとり笑い出したオレをレンが不思議そうに見上げてくる。
その仕草と硝子玉みたいな茶色のうすい目玉が動物っぽい。
動物をなつかせるにはどうしたらいいんだろうかと、なんとなく考えた。


「おまえさー、ハムスターとかそういう小動物に似てるって言われねぇ?」
「えっ・・・・・・」

 そうやって焦ってわたわたと動くところが秋丸の飼ってるハムスターに似てるんだよ!!
毛並みも似たような薄茶だったな。

 バスが角を曲がるので揺れたら、レンが転がっていきそうになったのを身体で受け止めてやる。
休日で結構人が乗っちゃいるが、朝の通学ラッシュの密度には程遠い。
 よく見ていたらブレーキや曲がり角ごとに、ふらふらとしていて、本人は必死に踏ん張っているんだろうがちっともその場に踏みとどまれて居ない。
 確かにレンの立つ位置だと、前にいるおっさんが邪魔でつり革までは少し遠い。


「おい、オレに掴まってろよ。転んで怪我なんかしたら野球出来なくなるぜ」


 掴まれって言葉にえって顔したけど、最後の野球できなくなる、のくだりでおずおずと掴まってきた。
男だし、みっともなくて嫌かな、とも思ったが、やっぱり怪我は怖い。いや、何よりも野球出来なくなるのが怖い。
こいつは細っこいし、1年だし、ふらふらしてていかにも怪我しそうだ。

「レン、それだとくすぐってぇよ!しっかり掴まれよ。どーせスグ着くからな」

 オレの言葉に一々びくっと身構えてる。
まるで人に慣れていない野生の小動物を相手にしているみたいだ。

 そうこうするうちに武蔵野第一高前のアナウンスが入る。
オレのシャツの裾を握り締めてたレンを促すように肩を少し押したら、あわてて動いてバスの反動と一緒に転がりそうになる。
それを腰を掬うみたいにして抱きとめた。

「おっま、アッブねー、焦んな。次だからな」
「スミマセ・・・・・・」

 耳まで真っ赤で可愛いぞ、こいつ!
きょうび女でもこんな反応しねーだろ。




 バス停に降りて、校門とは逆方向にちょっと行くとスグにグラウンドの入り口だ。
ジリジリと焼け付くアスファルトに途端に汗が噴出す。

 今日は三年が模擬でいないから自由だと思うとなんかこう、ワクワクとやる気が出る。
秋丸辺りが、普段からそれほど言う事聞かないじゃないか、とツッ込み入れそうだが気持ちのモンダイだよな。
そんでタカヤのところの投手を見れるとなればちょっと好奇心が疼く。

 グラウンド隣接のロッカールーム兼部室に行く。
1番乗りらしく鍵がかかっていたが、建具にガタがきていて扉をちょっと上に浮かせて力を入れて押すと簡単に開く。
 部員にとっては周知の事実で、閉めるときもそのまま鍵を触らずに扉を元に戻す要領で動かせば、鍵を開けたり閉めたりする必要は一切無いというスグレモノだ。
 
 部室の中は閉め切っていただけに、午前中とはいえ、むっとする熱気に汗と埃のにおいが混じって溢れだしてくる。
手早く窓をすべて開けてレンを招き入れた。


「レン着替えとか持ってないよな…」
「オ、オレはこのままで、いい、で、す」

 ガチャガチャとロッカーの中を引っ掻き回すが、どれも汚れてて洗濯したユニフォームがない。

「は、榛名、さん、の、じゃ大きいから・・・・・」

 言われてみれば、目の前に立つコイツはどう見てもオレより大分小さい。
身長もさることながらウェイトも50kgあるかないかだろう・・・・多分オレのじゃブカブカだ。

 オレよりも小さい秋丸のならばと思い勝手に隣のロッカーを開けるが、 ちっ、と舌打ちが漏れる。
中には余分なTシャツも何も入っちゃいない。
理路整然!という具合のロッカーには防具がよく手入れされた状態で並んでいるだけだ。

「んー、ま、いっか。オマエ制服って訳でもねーしな」


 Tシャツに膝丈のパンツ、スニーカーという出で立ちなら野球やるには十分だ。
それにしても袖から覗く腕や脚の細さがどうにも゛1年生゛で頼りないことこの上ない。
まぁ育ち盛りにあまり筋肉つけても身長伸びなくなるからナンだが・・・

「なぁ飯ちゃんと食ってんの?身体作るのも野球のウチじゃね?」

 腕なんかホントに細くて、多分オレとかが力入れたらきっと折れるんじゃないかって感じ。
無遠慮にあちこちを見てたら、その視線に気づいたのか瞬間で耳まで赤くなった。

 食べてマスとかなんとか、真っ赤になってるんだけど、赤面症なのか??
ナンカ聞いちゃマズい事聞いてる??
いや部の後輩はこんなじゃねーよなー???


 秋丸のロッカーを閉めようとして扉側にいいものを見つけた!



「おいレン、口開けろ」
「!?」
「いいから開けろ!」

 ジリジリと後退るレンの腕を捕まえて、それでも逃げようとするから首を抱え込んで無理矢理口を開けさせた。

「あ、はるな、さ!」

 必死に抵抗する小動物の口に、包み紙をとったチュッパチャプスを突っ込む。
カラリと軽い音を立てて大玉の飴が歯に当たったみたいだ。

 ぎゅっと瞑った目じりが涙ぐんでて一瞬どきり、とする。

 口に広がる甘い味に気づいたのか、恐る恐るデカイ目を開いて自分の口の中のモノが何かを確認してる。
それからこっちに伺いをたてるように見つめてきて首をかしげた。
オレが包み紙を解いて口に飴玉を放り込んでるのを見て、初めてちょっとほっとした顔を見せる。

 なんだか知らないけどオレのが照れてる・・・・・・・・なんだよコレ!怒!!
イキオイで今まで来ていた服を脱いだついでにレンの涙をぬぐってやった。


「おっま、そんなんで泣くなよなー」
「ご、ごめんなさ・・・」


 ぐしっ、とすすり上げる。
頭を撫でようとして手を上げたところで、入り口にすさまじい形相で秋丸が仁王立ちしているのが目に飛び込んできて心臓が跳ね上がった。
 イツカライタンダ!?


「ナニやってんだよ、また1年泣かしてるのか!」
「なっ、又ってナンだよ!」

ズカズカと中へ入ってきて怒気を上げてる。

「3年がいないとコレかよっ!」
「ち、ちがーっ!」

 オレに掴みかかる勢いの秋丸に、オレも頭に血が上りかける。
そこへレンがあわてて秋丸にすがり付く。

「ち、チガ、い、ます!!」


 ぎゅむっと目を閉じて必死で秋丸の腕にすがり付いてる。
その予期しなかったレンの動きに秋丸が驚いて腕を引こうとして勢いあまってレンを振り飛ばす形になる。
目なんか閉じてるからそのままの勢いで真ん中に並べてあるベンチに激突一直線!
 
 ガシャッとかドガッとか音がして背中に激痛が走った。
ただ腕の中にしっかりと抱きとめた、身じろぎした温もりにほっとした。

「ってぇっっっっ!!!」
「は、はるな、さ!!」
「わぁ、榛名大丈夫か?!」


 跳び上がるリみたいにオレの上からどけたレンが真っ青な顔でオレを覗き込んでくる。
秋丸もさすがに心配そうな顔してる。

「いてぇ・・・・・・・・秋丸背中見てくれ」













 結局擦り傷程度で骨もスジも痛めてなかった。
咄嗟のこととはいえ気をつけないとなー。

 ベンチに擦れてできた結構大きな擦過傷に秋丸がクスリを塗って絆創膏でガーゼをとめた。
レンはでっかい目玉をうるうるさせてて、困ったオレはレンの鼻をつまんでやった。

「泣くなって!」
「う・・・・・・ごめ、なさ・・・」
「も、いいから、飴洗ってきてくれ〜。出て左行くと水道あるから、な?」

 ごしごしと涙をぬぐって急いで立ち上がる。
せっかく食べてた飴も、さっきのごたごたで二人とも床に落としてしまっていた。

「悪かったよ」

 秋丸までがしゅんとしてて、こっちが困る。

「オマエの飴で許してやるよ」

 ニシシと笑ったオレに秋丸が開け放たれたロッカーを振り向いて、ぎゃーっっと声を上げる。

「は、榛名ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「お、レン、あ〜」

 両手に飴を持って帰ってきたレンに口を開けた。
ハイと差し出されたミルク色の方は無視して、さっきレンが喰ってたピンク色の方に喰らいつく。

「は、はる、なさ、ん?!」
「今度は交換なー」


 今日のオレは結構上機嫌だ。













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                                              15th Nov 2007
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現実逃避の産物です・・・・もうどう足掻いてもミハシが乙女です・・・くっ・・・・orz
ナニコレ、ホントに。どんなエロ話書くよりもこんな乙女な話の方がよっぽと恥ずかしいですよ!!
そしてそんなシロモノをアプッて仕舞う自分はどうかしてマス・・・・ヤバイ病気だよ・・・

                                                すすき


トウシュ
〜トウシュのジジョウ〜

乙女注意報発令中!
此処より面の割れている友人・知人の侵入を:厳重に禁ず!! アカ〜ン!